千葉県 地域しごとNAVI千葉で暮らす人たち伊藤 文隆
千葉 → 東京 → 千葉
  • 自営業
  • 伊藤 文隆さん

  • いすみ市在住
  • 家族2人暮らし(母)

都会のミュージシャンが田舎暮らしへ ~目指すは“食の世界”~

出身は新潟ですが、両親の仕事の都合で、4歳の頃に千葉県佐倉市に越してきました。その後、東京で、ミュージシャンとして長期にわたってバンド活動をしていたのですが、育ったところが佐倉の田舎町だったためか、若い頃から、都会にずっと居るのは嫌だと思っていました。人混みの臭いが苦手で、夏が暑く、雑然としている都会があまり好きではありませんでした。
また、アウトドアやバーベキューなどが好きで、漠然といつかは田舎で暮らすだろうと感じていました。特にいすみ市には親の別荘があり、昔からよく知る場所でした。両親は父の定年退職を機にいすみ市で暮らすようになりましたが、その後の父の病気の様子を見るために私もいすみ市へ頻繁に通うようになりました。
一方、当時は、自分で作詞作曲した曲を演奏するようなミュージシャンとしての仕事が思うようになかった状況でした。ですが、もともと、音楽と同じくらい料理が好きで、調理師免許を取るほど食事には拘りがあったからなのか、飲食店もやってみたいと思いました。新鮮な食材を使い、化学調味料を使わず丁寧に出汁をとる、美味しくて安心・安全な食事を提供する、そんなお店です。
このような状況と想いが重なり、それならばいすみ市でレストランを始めたいと思い移住し、2002年10月に無国籍料理「地球軒」をオープンしました。

無国籍料理店から転身したラーメン店が評判に!

「地球軒」は、タイ料理、中華料理、イタリア料理など、自分の好きな料理をメニューにしたお店で、大変評判も良く経営も順調でしたが、多種類の料理を作るのは、仕込みにとても時間が掛かり大変で、せっかくのいすみ市の良さを味わう自分の時間が殆どなくなってしまいました。一方で、「地球軒」で出していたラーメンが、美味しいと取材が来るほど評判になったこともあり、食事の種類をひとつに絞り、ラーメン屋「パラダイス軒」として2008年にリニューアルオープンし、経営をしていました。

多忙な店舗経営の仕事を経て見えてきた新しい働き方

「パラダイス軒」の経営も、そこそこ悪くはありませんでしたが、よりいすみ市の自然を満喫できる自由な時間が欲しくなり、店舗営業からは撤退しました。今は、惣菜や弁当を直売所に下ろす仕事やケータリング、それに千葉県の屋台営業許可が取れたので、土日のイベントや大原漁港の朝市などで、ラーメン屋台をしています。地元の漁師さんから直にもらった魚のアラでダシをとった港のラーメンです。

地元で再び音楽活動も!
田舎暮らしを満喫しながら好きなことをする喜び

現在は、母と二人で夷隅川沿いの別荘で暮らしています。こちらから見える景色・風景はとても素晴らしく幸せに感じているので、少しでも多くの時間をこちらで過ごしたいと思っています。また、少し前に、隣の180坪の空地を購入しました。暇な時には、草取りをしたりコツコツ整地をしたりしています。いつ出来るか判りませんが、ここに、夷隅川を見ながら、のんびり寛げるスローライフなカフェを作りたいと考えています。
音楽の話に戻りますが、最近では、レベルの高い人たちが、いすみ市や大多喜町に移住して集まってきた感じがしています。そのなかで私は、現在、ロックバンド、60~70年代洋楽のコピーバンド、ギターデュオバンド、ボサノババンドの4つのバンドの活動に参加しており、イベントで演奏したり、ライブで演奏をしたりしています。特に、地元の方たちと作っているロックバンドでは、「いすみ鉄道のうた」や「大原の海」など、自分たちで、千葉県の地元の曲を作って演奏していて、非常に盛り上がっています。
音楽と料理。一番得意で大好きな事をしていたら、このような移住生活を送っていました。

楽しく考えよう、もっと「自分らしく」暮らすこと。

地元での就職・転職や、働く以外のコトとのつながりを見つめなおす人が増えています。

家族や大切な人と相談しよう
家族や大切な人と
相談しよう
自分だけでなく大切な人にとっても大事な決断になることが多い移住。大切な人と一緒に考える時間も、判断材料や大切な思い出になるかも知れません。
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自分にとっての「幸せ」を振り返ってみよう
自分にとっての「幸せ」を
振り返ってみよう
幸せとは一人ひとり異なるもの。自分自身をよく振り返り、大切にしたい事や今後の暮らしにおける優先順位を考えましょう。
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検討に必要な情報を集めてみよう
検討に必要な情報を
集めてみよう
移住・Uターンを検討するために、住まい、しごと、子育て環境や子供の教育環境、移住者の声など、自分に必要な情報を幅広く集めてみましょう。